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== 現代ミステリ ==

水の戒律

フェイ・ケラーマン
創元推理文庫
★★★☆

正統派ユダヤ教徒のコミュニティを舞台にしたサスペンスフルな作品



【あらすじ】
ロサンゼルスの山間部にある正統派ユダヤ教徒のコミュニティ。
ある夏の夜に、一件のレイプ事件が発生した。
都会の文明から離れ厳格な戒律に従って暮らす人々が住むこの村で
なぜこのような事件が起こったのか?果たして犯人はこの村の住民なのか?
ロサンゼルス市警のピーター・デッカーが現地に赴くも
ユダヤ教徒のコミュニティが持つ排他的な空気に捜査は難航する。
マカヴィティ賞最優秀処女長編賞に輝くフェイ・ケラーマンのデビュー作。

【読みどころとポイント】
1986年に発表された作品であるが、その後もシリーズは続き
読んだことのある人も多いのではないだろうか。
本作のポイントは何といっても、ユダヤ教徒のコミュニティを舞台に設定したこと。

神学校をはじめ、清めの儀式を行う「ミクヴェ(水浴場)」や、
祈りを捧げる場である「シナゴーグ」等が存在するこの村の住人たちは
ユダヤ教の掟に従って、日々ヘブライ語の聖書を読みつつましく暮らしているのだ。

事件の第一発見者であるリナ・ラザラスもまた敬虔なユダヤ教徒である。
このコミュニティ内に犯罪者がいるはずはないと信じる彼女だが
その後、不審な出来事が続き、徐々に不安を募らせて行く。
一方、捜査にあたったロサンゼルス市警のピーター・デッカーは
閉ざされたコミュニティと宗教の壁に阻まれ聞き込みもままならない。

もうひとつの読みどころは
リナ・ラザラスとピーター・デッカーの大人の恋の物語。
捜査を通じて少しずつ互いに魅かれ合っていく二人だが
敬虔なユダヤ教徒として暮らすリナは
簡単にデッカーを受け入れることができないのだ。

事件解明のメインストーリーと恋の行方のサイドストーリーが
たくみにからみあいながら物語は進んで行く。

閉ざされたコミュニティ内での事件のため
犯人の意外性という点ではもうひとつであるが
平穏だった村で徐々に高まって行くサスペンスと
プラトニックなラブストーリーのスローな盛り上がりが実に良い。

作者フェイ・ケラーマンは実に繊細な筆致で
市警の刑事と経験なユダヤ教徒の心の細やかな動きを描いている。
デビュー作ながら長編賞に輝いたのも納得の出来映え。
以降もシリーズは続いて行くので少しずつ読んでいきたいと思う。
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== 現代ミステリ ==

夜明けのメイジー

ジャクリーン・ウィンスピア
ハヤカワ・ミステリ文庫
★★★★★



戦争に翻弄されつつも希望を失わず強く生きるメイジーのドラマチックな物語

【あらすじ】
1929年、ロンドンで探偵事務所を開いたメイジーの初仕事は、
ある中年男性からの依頼による妻の浮気調査だった。
メイジーは尾行を開始したが、その妻が通っていたのは墓地であった。
上流家庭のメイドから大学生、看護婦、そして探偵へと
戦争に翻弄されながらも明るく強く生きるメイジーのドラマチックな運命を描く
アガサ賞、マカヴィティ賞のダブル受賞に輝いた作品。

【読みどころとポイント】
物語の第1部は、依頼人の妻の素行調査という探偵小説のおきまりのパターン。
調査によって妻がいつも訪れていたのは墓地であることが判明するのだが
このくだりが、実にかくよく書けているのである。
墓地に足繁く通う女性の哀しみが痛いほど伝わって来る書きっぷりなのだ。

ところがこのエピソードは、はっきりした結びが無いまま一旦幕を閉じ、
第2部で時代は1910年へと遡る。メイジーはまだ13歳。
くらしの貧しかったメイジーは貴族の家にメイドとして働くことになった。
そこでの様々な人々との出会いが彼女の運命を大きく変えていく。

メイドから才を見いだされ大学生となったメイジーだったが、
ほどなく戦争が始まり看護婦へと転身。そして運命の人との出会い。
何と本書では若かりし頃のメイジーのエピソードに
実に物語の半分以上がついやされ、その間ミステリ的な要素は皆無なのである。

ところが物語はまったく飽きる事無く、途中でやめるのももどかしいくらい。
いきいきとした人間ドラマに満ちあふれているのである。
そして何よりも、メイジーの周りを固める脇役たちが良い。

メイジーの才能をいち早く見抜き勉学の機会を与えたレディ・ローワン。
メイドに嫉妬しつつも彼女を応援しているメイド仲間のイーニッド。
貧しいながらもメイジーのために必死に働き彼女を見守り続ける父フランキー。
メイジーの人生の師でもあるモーリス医師などなど。

彼ら(彼女ら)との交流のエピソードひとつひとつが実に印象的で、
物語にぐっと深みを与えているのだ。

そして第3部では、再び時代は1929年に戻り
第2部後半のエピソードが第1部の調査と有機的に結びつきながら
ミステリとしての構成を形づくってゆくのである。これには驚いた。

最後まで読み終えると、なぜ第2部で延々とメイジーの人生が書かれたのか
作者の意図とテーマがやっとそこでわかるのだ。

物語の根底にあるのは戦争の悲惨さと人生への希望である。
戦争に翻弄されつつも、けっして明るさと希望を失わないメイジーの姿は
本書に接した読者の多くに感動をもたらしているに違いない。

ラストのメイジー自身に係る挿話はとても悲しものだけれど
それでいてどこか希望の光が感じられる結びとなっている。
出会えた事を喜びたくなる、そんな素晴らしい作品である。

┃ テーマ:ブックレビュー ━ ジャンル:小説・文学

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== 現代ミステリ ==

記憶をなくして汽車の旅

コニス・リトル
創元推理文庫
★★★



記憶喪失の女性が巻き込まれたオーストラリア横断鉄道車中の殺人事件


【あらすじ】
“わたし”は、オーストラリア横断鉄道の車中で目覚めた。
なぜこの列車に乗っているのか、私は誰なのか全く思い出せない。
メルボルンの駅から合流したおじさん一家や
婚約者を自称する青年医師にもまったく覚えが無い。
不安の中、列車はオーストラリアを西へひた走るが
車中で次々に不可解な事が起きて、ついには殺人が!
ユーモアとサスペンスが入り交じったトラベルミステリ。

【読みどころとポイント】
なかなか面白い掘り出し物だった。
コニス・リトルという作家。まったく知らなかった。
翻訳されているのも本書を加えて3冊のみ。どれも絶版らしい。

まず冒頭からいきなり記憶喪失という設定と
舞台がオーストラリア横断鉄道の中というのが面白い。
まず、日常から主人公を隔絶させてしまうことで
この危機を自ら乗り越える試練を与える設定が良い。

メルボルンの駅で主人公の“わたし”を待っていた面々は
ちょっと個性的で風変わりな人たち。主人公である“わたし”も、
「記憶なんて戻らなくていい。まっさらな状態からやり直せばいい!」と
大胆にも開き直ってしまうどこか天真爛漫な女性キャラなのだ。

身内に殺人が起きても、登場人物たちがどこかのんびりしてたり
主人公が記憶喪失の割には意外にお気楽な面を見せたりと
そこかしこに違和感があるも、その辺は割り切って読む方がベター。

こうしたユーモラスな登場人物たちが繰り広げるドタバタ劇と
オーストラリア横断鉄道車中の殺人事件が
絶妙なブレンドを醸し出して、なかなか面白いミステリになっている。

記憶を無くした女性の心理的不安や恐怖感を書き込めば、
サスペンスとしては、もっと盛り上がったと思うが、
作者は、ちょっと奇抜な設定とおかしな謎を散りばめた
コージーな雰囲気づくりの方ににこだわったようである。

あまり、暗くなりすぎない展開と車中の滑稽とも言える人間模様は
アガサ・クリスティにも通じる英国伝統の風習喜劇っぽくて、
これはこれで、良いんではないかな~という印象。

紅茶とクッキーを片手にイギリスの地図を広げながら
ゆったり楽しみたいミステリだ。


┃ テーマ:ブックレビュー ━ ジャンル:小説・文学

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== 現代ミステリ ==

黒い風

トニイ・ヒラーマン
ハヤカワ・ミステリアス・プレス文庫
★★★★



大破したセスナと麻薬密輸にからむ事件の謎を追うナヴァホ警察官

【あらすじ】
真夜中、インディアン保留地の砂漠でセスナが着陸に失敗して大破した。
警察の捜査では麻薬の密輸が疑われていた。
しかし機の残骸や付近から麻薬は発見されなかった。
別件の捜査中に偶然事件現場に居合わせたジム・チー巡査は、
連邦警察から疑いの目をむけられ執拗な追及を受ける。
上司の制止を無視して、真相の究明に乗り出すが…。

【読みどころとポイント】
インディアン保留地を舞台にしたミステリを数多く手がけてきた
トニー・ヒラーマンのジム・チー巡査シリーズ第一作目。
冒頭、ホピ族の一行が不可解な死体を発見するところから物語は始まる。
その後、場面が変わり夜間を航行する一機のセスナが着陸に失敗し大破。

印象的なシーンで幕を開ける本書は、ほどほどの厚さながら
重層的な謎がうまく提示されてプロットもなかなか練られており
ミステリとしてもかなり読ませるのだ。

本作の主な舞台は、もともとナヴァホとホピの共同の使用地だった場所で
最近の裁判でホピの土地に決まったという曰く付きの場所であり
捜査にあたるのがナヴァホ族警察のジム・チー巡査という設定だ。

部族が違えば聞き込み捜査も簡単にはいかない。
ナヴァホ族警察のジム・チーがホピ族の長老に話を聞き出すシーンも印象的。
同じホピ族の保安官補との微妙なコンビネーション捜査も読みどころのひとつ。
後半、神秘的なホピ族の「カチナの儀式」に向かって謎解きも加速し
クライマックスでポラッカ低地を襲う洪水のシーンなどはなかなかの迫力だ。

本書の読みどころは、アメリカ・インディアンの文化や慣習が
巧みにミステリや謎解きにいかされている点である。
つまり真相を究明するには、ホピやナヴァホの文化を
丁寧に読み解いていく事が大切なのである。
この点は、本書を読んでじっくりと体験していただきたい。

全体的の過剰な書き込みや心理描写を抑えた筆致で
ドライな文体はジョゼ・ジョバンニに近いものがあり
大自然を舞台にしたハードボイルドのような作風が
私にとってはこの上なく嬉しい。
トニー・ヒラーマンは初読だが、他の作品もぜひ読んでみたい。

┃ テーマ:ブックレビュー ━ ジャンル:小説・文学

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== 現代ミステリ ==

狙われた大リーガー

ウィリアム・G・タプリー
扶桑社ミステリー文庫(絶版)
★★★



元大リーガーの息子誘拐事件に隠された陰謀に挑む弁護士コイン

【あらすじ】
ボストンで弁護士を営むブレイディ・コインは
クライアントの一人であるサム・ファリーナから
将来を期待された豪腕投手エディ・ドナガンの代理人になるように頼まれる。
その後エディは無事ボストン・レッドソックスに入団し
入団当初から連勝を重ね順風満帆のすべり出しに見えたが
一年目の後半から調子を崩し、その後失踪事件をおこし球団を解雇されてしまう。
退団後は妻とも離婚し細々と生計を立てるエディだったが
ある日、エディの息子のE・Jが誘拐され身代金の要求が来る。
そして、何故か犯人は身代金の配達係にコインを指名してきた。

【読みどころとポイント】
ボストンで金持ちのクライアントの弁護士業務を本業とするコインが
本書では選手のエージェントという立場で事件に関わることに。

日本人の多くがメジャーで活躍する今日、
スポーツエージェントの存在は特に珍しいものではないのだが
本作が出版(サンケイ文庫版)された1987年頃は
日本人にも馴染みが薄い職種だったにちがいなく
ストーリー的にも野球王国アメリカならではの設定といえる。

本作はミステリとしてはいたってシンプル。
プロスポーツの選手が巻き込まれる犯罪としての目新しさは無く
物語の経緯から大方の真相の察しはついてしまう。

ただし、つまらないかと言うとそうではなく
誘拐されたのが子どもなので全体的に緊張感も漂い
派手なアクションを好まない?都会派弁護士のコインが
渓谷で犯罪者とのワイルドなチェイスを繰り広げ
ハラハラ感たっぷりの演出も織り込まれている。

ダイナミックな自然の描写は相変わらず上手く
アウトドアライターをしていたタプリーの才が如何なく活かされ
このシリーズのひとつの読みどころともなっている。

犯罪に巻き込まれた選手と家族をめぐる愛や交流、葛藤も
なかなか良く描けていて読ませるし
物語のエンディングの刑事とコインのやりとりも良い。

タプリーは既に亡くなり、日本ではあまりメジャーになれなかったが
私の好きな海外ミステリ作家の1人だった。
上辞された作品はあまり多くはないが、
これからも少しずつ紹介していきたいと思っている。

┃ テーマ:ブックレビュー ━ ジャンル:小説・文学

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